基本的に年というのは区切るタイミングでしかない。誕生日は毎年1日だが毎日本来人は年を取る。物事は断続的に続くが、やはり区切りに区切っておくってのは重要だな、というのをtomad社長は意外に考えているんだな〜
と思ったのがMARU-50「mp3 killed the CD star?」のころなので、やはりその5年後の今年も10年のネットサーフィンを区切ることとなった。まあ音楽なんてまさに時間を区切ってナンボのもんですけれども。5年目に50、10年目に100を出すところが少々ニクいがこのイベント、そして同時期に出版される#maltinebookという奇書とともに僕らリリース経験者(レーベル・メンバーという表現は避けたい)やイベント出演経験者は振り返ることとなった。
dj newtownというのはマルチネレコードっぽくない存在だと思っていた。当時のマルチネレコードはもっと爆発力のあるリリースが持ち味で、自分が出すようなところだとはあまり考えていなかった。WIRE08用に作った習作の数々は今聞いたら十分RAWなものだが、マルチネの当時のラインナップはさらにハーコーだったのでそれらに並ぶのが申し訳なく、お伺いをたててリリースしてもらう時に別名義にした覚えがある。そもそもマルチネの存在を知ってから音源を送るまでには結構タイムラグがあったと記憶している。あとからdj newtownがある意味多くのリリースである程度パブリックイメージに貢献できたのは嬉しいし、実際自分の活動にも多くのフィードバックがあったが、やはり最後まで外様だった感は否めない・・・というかそもそもマルチネレコードはハブであるから、そのくらいの距離感でいいのかもしれない。
昨日、天に遊びに来た人たちは何を考えていたのだろう。もっと言えば出ていた人たちも何を考えていたのだろうか?どこに行っても楽しいな、と思いながら一方でどうしてもそれについて考えてしまっていた。
もちろん10年間全てを知っている人なんて当日ステージに居た人でも少数だ。僕でさえimdkmさんにその存在を教えてもらうことがなければもっと合流は後だったかもしれない。あの日、最後に自分の傍で感極まっていたimdkmさんを見ながら、クールジャパンが自分がマルチネのイベント「帰り際モラトリアム」用に初めてやったネタ「サンプリング&エディット講座」の完コピをやっているのを見ながら*、ステージで5年以上前の自分の曲をプレイしてその反応を見ながら、そして家に帰ってdust.cのライブ動画(windowのリミックス最高)とメインフロアのライブ動画、自分で録画した最後の30分間の動画を見ながら距離感について考えた。時代は変わっていくので仕方ない。大臣は結婚し、同い年のテムズは就職した。本当は音楽はいろんなことがある人生の一部だ。だからあの日は楽しかったのである。先に奥さんと大阪に帰る大臣を見送りながら自分は音楽を演奏したりしている瞬間がある程度仕事になっているんだなあと痛烈に感じた。その分得たものも多いけれども、僕が多感な時期に音楽を教えてくれたのは大臣でもあるので、 変な感じだった。人生初のクラブイベントは大臣に連れられて行ったものである。
メジャーデビュー前後くらいから自分の中の全ての常識は揺らぎ続けている。公私ともに音楽や生活との向き合い方、そしてモチベーションの設定の仕方を見直さざるを得なくなった。言うことが変化していくのは良くないことだと思っていたが、ここまで変わってしまったらもう自分でも認めざるを得ない。POSITIVEなんてアルバム名につける奴になっているのはウケますね。
やはり家で音楽を楽しくて作っていただけの自分が、いつのまにかそれに生活を支配されるようになり、また自分の生活を支配するために音楽を作らねばならない循環に突入した。公私というものの概念は未だに住み分けができていないので、そういうことができている人の気持ちがわかりにくい。早いうちから音楽を作っていたのは今となっては後悔する部分も多い。早いうちからやっていたこと自体が失敗なのではない。早いうちからそれを精神の拠り所にするあまり他のことがからっきしになってしまったことが失敗なのである。オカダダさんに「お前は音楽を作ると自分のことがよくわかって良い、というが、それが料理な人間もいるし、もしかしたら友達と話すことで音楽と同じくらいそれに気づく奴もいるかもしれないぞ」と言われて膝を打った。
音楽なんて別にやめても大丈夫と言い聞かせつつ、一番しがみついているのは自分ではないか。今でも行動する中で音楽のことから順番に考えるのが正義である、と考えてしまう。それは本当はかなり愚直すぎることでないかと思う。そう思うようになった。まあその愚直さがノンキャリアでもメジャーアーティストとしてやっていく図々しさみたいなのを与えてくれている部分もある。 根拠の無い自信(またはそう錯覚できるもの)が必要な時もある。
一方でそれが常識のある人にできないことでもあるということもわかる。だから僕の音楽を買ってくれる人も居るのだと思う。ただ世の中無いものねだりなので、実は一番俗っぽい自分を呪い、大臣のように就職をして家庭を持って奥さんを愛す生活がうらやましく感じることもある。
マルチネ天でそんなことを考えた自分に対してめちゃくちゃビックリした。これ自体が10年間の長い時間を感じるきっかけでもあるし、一方で根底の変わってなさでもある。マルチネ10年、イベント天、POSITIVEリリース。いろんな変更や更新も近い。maltinebookが出たら休みをじっくり取ってどこかのカフェでゆっくり読みたいが、自分の顔の広告が裏表紙に出稿してあって読めないので、スケブリさんあたりから完全pdfをもらってパソコンで読みたい(ください)。 それでこれまでのことを反芻しながらこれからのことを考える。別にそれは毎日やっていることでもある。
*ちなみにtofubeatsのサンプリング&エディット講座にも元ネタがある。京都のVINYL7というレコード屋に行ってみよう。
